妊娠21週までの決断
新しい命を授かり、胎児が無事に産まれてくることを夫婦またはその家族は願っています。
産まれてくることに価値がある。という言葉もありますが、
人間のゴールというのは、産まれることではないことを忘れている言葉です。
人間は、命を宿って、そして何十年と生き、そして息を引き取ります。
人間のゴールというのは、息を引き取った時なのです。
そう思えば、先天性の疾患なく産まれてきた子は、産まれることに価値があると思うかもしれませんが、
先天性の疾患を持って生まれる可能性が高い子が、産まれてくることは両手を上げて喜べることでしょうか?
それ以上に、これからの人生の不安を強く感じる方が多いんじゃないですか?
ふつうに生活していても、裕福に暮らしている人にとって、多少の出費は痛くはないかもしれませんが、
借金をしていたり、生活が苦しい人にとっての出費は、明日の生活に掛かっているのです。
そうした人の元に、先天性の疾患を抱えた子が産まれた場合、どうすれば良いのでしょうか?
新型出生前診断(NIPT)を受けた方の96%は、中絶しています。
しかしながら、残りの4%の人は胎児を出産することを決意しています。
私は、検査を受けて中絶することがどうかについて議論することより、
検査を受けて陽性だったが、それでも出産するという決意をした人がなぜそうしたのか?について触れる必要があります。
例えば、それが裕福な家庭に産まれて、金銭的にも子どものために費用をかけられる場合だとか、障がいを持っていても子どもが欲しい場合などが考えられます。
では、そうした考えを多くの人が持てるように、国がそうした支援をするべきなのではと常に感じるのです。
そもそも、検査というのはどんなものでもそうですが、異常があるかどうかを確認するためのものです。
本来ならば、NIPTを受けたとしても、中絶をするのではなく、産まれてくる子どものために準備をしていく考えも必要です。
しかし、それは一個人がするのではなくて、社会的に国を挙げてやるべきことなのです。
ですから、今後さらにNIPTが普及しなければ、こうした中絶を防ぐ手立てはないのです。
また、NIPT検査を受けて、妊娠21週までに中絶するかどうか決めなければなりません。
妊娠10週前に検査を受けたとしても、夫婦に考える時間というのは、3ヶ月もありません。
日本というのは、中絶することにかなり批判的です。
なぜなら、戦後の荒れた時代によって、望まない妊娠が増え、そのために中絶をすることが増えてしまった。
そうしたことにより、母体保護法という法律が作られた歴史があります。
最近でも、テレビでよく取り上げられていますが、障がい者の方の不妊手術も問題になっています。
要は、社会的弱者に圧力をかけることが倫理に触れるということであって、
何も、検査の是非を問うということは全く関係がないのです。
考えてみてください。
例えば、あなたが腰痛で整形外科に行ったとします。
そこで、医師からレントゲンを撮りましょうと言われ、レントゲンを撮影する。
これも検査です。
かたや、NIPTも検査です。
同じ、検査なのになぜ、差があるのでしょうか?
命に直接関わるから?
それが事実だとしても、イコール真実とは限りません。
例えば、街角で道に落ちていた10円を拾っても、窃盗罪にはならないのに、
100万円が落ちていて拾ったら、窃盗罪になるのです。
同じお金です。
では、NIPTを批判している人たちはどうでしょうか?
同じ検査でも、そこに差があるのでしょうか。
それは、警察官が「犯罪の大きいか小さいかで対応を変える。」と言ったならば、大きな批判を買うでしょう。
それと同じで、検査としての在り方について意義を唱えることは、間違っていますし、それこそ倫理に反しているのです。
大事なのは、検査を受けたいと思う人が自由に受けられるような仕組みと、
陰性または陽性にしても、どうやって胎児と向き合うのかについて議論を交わすほうが良いのではないでしょう。
まだ、そうしたことに及んでいないから、検査を進めることに反対であれば、
それは、医療を社会の独裁的な考えによって支配しているのではないでしょうか。
私たちは、今後さまざまなテクノロジーが発展するとともにこうした倫理的な問題に出くわします。
AIが、さらに人間の仕事の本幹まで進出してきた場合、今度は労働としての倫理的な問題が出てくる。
しかし、こうしたテクノロジーの進歩というのは、誰にも止められないのです。
進歩が始まれば、時間の流れは異なっても、確実に進みます。
ということは、医療の世界でもこうしたテクノロジーの進歩を阻害するような働きは、かえって医療の進歩をストップさせてしまうことなのです。
考えてください。テクノロジーがストップした場合、今このブログを読んでいるその端末の機能は今後変わることはありません。
今であれば、十分発達したかもしれませんが、まだポケベルの時代にテクノロジーの進歩が止まっていたとしたらと考えると、ゾッとしますよね。
これと同じで、テクノロジーの進歩によって、進化しなければいけないのは人間の方であって、テクノロジーが人間に同調させることはこれまでの歴史の流れ的におかしなことなのです。
むしろ、テクノロジーの進歩に人間がシンクロしていくことしか出来ないのです。
テクノロジーの進歩の恩恵を受けている私たちが、テクノロジーの進歩によって生まれた検査や治療をとやかくいう資格はなくて、
それにいかに対応していくか?それを考えるべきなのです。
それでは、また次回!
NIPT検査に興味がある方は、興味本位で受けて欲しくありません。
それこそ安易な考えのもとに中絶を選ぶからです。
NIPTについて詳しく書かれた本がありますので、こちらでしっかり勉強をしてから受けて欲しいと、私は思います。
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