新型出生前診断は、命に責任を持つことだ。
新型出生前診断は、命の選別だと言われているが、そうではない。
命に責任を持つことなのです。
産むにしても、今後この子が不自由なく、健康で毎日を楽しく過ごしてもらうために一生懸命努力する。
産まないにしても、考えて、考えて、考え抜いて出した結果で、人工妊娠中絶を受けて、お別れをする。
言うまでもないが、「お別れ」する方が悲しいに決まっている。
多くの中絶が、さも何事も無かったかのように行われていると思いがちです。
妊婦さんは、深い悲しみを抱え、でもこのままじゃお腹の子どもに顔が上がらないから、せめて明るく、そしてまた新しい命を育もうと思うわけです。
これを、障がいを持っているから中絶するのか?次にまた子どもができて新型出生前診断を受けて陽性だったらどうするのか?と批判する人もいます。
ただ、卵子と精子が巡り合って受精卵になって、着床する確率は、宝くじが当たるよりずっと難しいのです。
私たちは、受精卵ができるまでに何億分の一の確率で受精して、着床して、産むか産まないかの選択2分の1まで辿ってきているのです。
この産むか産まないかの選択までたどり着けることは、ほぼ奇跡なのです。
ですから、その時点で産もうが産ままいが、それは夫婦の価値観であって、きちんと【命に責任を持つ】ことをすれば、どのような選択でも間違ってはいないと思う。
こういう選択は、正しいかどうかで選ぶから倫理観という社会的圧力によって、夫婦が苦しい思いをします。
ただ、間違っていないかどうかについて夫婦で話し合えば、答えはまとまると思うのです。
染色体異常を持って産まれれば、子どもが辛い思いをすると思う。
これは、正しいとは言い切れないが、間違いではない。
授かった命だから、大変な思いをしても育てても良いんじゃないか。
これも間違いではない。
これらを正しいかどうかで白黒はっきりつけさせようとするから、命の選別になるわけであって、どちらがより私たちの中で間違っていないかで決めると、それは命に責任を持つことになる。
命を選ぶことなんて、私たち人間がしてはならないことです。
でも、命に責任を持つことは、できるし、やらなくちゃいけない。
新型出生前診断は、命に責任を持つための検査であって、本来ポジティブなものです。
それを、正しいか誤りかという白黒はっきりつけさせる考えがあるからいけないのです。
例えば、白黒つけるなら、男から女かってことです。
でも、性同一性障害の方もいますし、LGBTの方もいる中で、そうした人間に対して、白か黒かで決めつけるのは、よろしくないのです。
夫婦が考えて、より間違っていないことに重点を置き、そして命に責任を持つことが大切なのです。
誰しも、新型出生前診断を受けて、陽性であって欲しいと願う人は一人もいません。
だから、陽性と出れば、心は揺れ動かされ、悩むわけです。
産むか産まないか、夫婦以外の人にとっては関係ありませんが、当事者にとってもものすごく重要なことなのです。
私たちは、夫婦が行った命に対する責任の取り方を受け入れて、尊重してあげるべきなのです。
繰り返しますが、新型出生前診断は命の選別ではなく、命に責任を持つ検査なのです。
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